2005-07-13 02:41:02
イアンさんのロンリープラネット [ 東アジア ]
【韓国】 どうもACLにも出てるわ、1ST優勝するわの注目すべき監督さんぽいので、ちょっと翻訳。 ★釜山アイパーク監督 イアン・ポーターフィールド:Ian Porterfield![]()
出身:スコットランド 生年月日:1946年2月11日 選手としては、サンダーランド所属時代、1973年のFAカップ決勝戦で、 リーズ相手にゴールを決めたことで有名。 選手引退後は、ロザラム、シェフィールド、アヴァディーン、チェルシーで チームマネージメントを務め、そしてザンビア代表、ジンバブエ代表の監督 にも就任している。 93年のザンビア代表時代は、航空事故で代表メンバーの多くが死亡した直後 であり、その再建に帆走したが、金銭トラブルに巻き込まれ、志半ばで解任 されている。 1996年1月に当時不調だったボルトン・ワンダラーズのアシスタント・ マネージャーに就任。だが5月に飲酒運転でボルトンを解任され、オマーン代表、 トリダード・トバゴの代表監督として再び英国を離れる。 2003年に韓国の釜山アイパークの監督に就任し、チームは2004年 FAカップ王者となった。 wikipedia そんで、どうも釜山には自分から売り込みにきたっぽいです。 韓国はW杯の時の熱気があったのに、釜山の観客数少ないけど、まあ 今はしょうがねえなぁ、とか、GKキム・ヨンデはすげーポテンシャルが ある選手だ、とかインタビューで答えております。 にしても、結構苦労人ぽいですね。アル・イテハド(サウジ)の監督さんも 短期でやったことあるらしい。 参考:bestoftrinidad.com yonhap news あと、歴代Kリーグ外国人監督リスト 試 勝 分 負 ------------ Frank Engel Germany Daewoo 1990 30 12 11 7 Bicskei Bertalan Hungary Daewoo 1991 40 17 18 5 Valeri Nepomniatchi Russia Yukong 1994-1998 155 62 40 53 Dragoslav Sekularic Yugoslavia Daewoo 1996 23 7 6 10 Rene Desaeyere Belgium Chun an 1997-1998 62 14 18 30 Tinaz Tirpan Turkey Bucheon 2002-2003 33 3 17 13 Ian Porterfield Scotland Busan 2003- Werner Lorant Germany Incheon 2004 Farias Brazil Pohang 2005- おお、ビクスケイさんがいるぞ!(現マレーシア代表)
Posted by afclovers at 2005-07-13 02:41:02
| コメント(5)
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| ■ Re | |
| 深セン以外は外国人監督なんですよね。ACLベスト8チーム。 こんな海千山千な監督さんら相手に戦わなきゃいかんわけで。 アジアが相手じゃい!とはいえ、ある面では世界を相手にJの監督さんは戦う必要があるわけで、そりゃアジアの頂点は大変だ。 | |
| おが (2005-07-13 10:26:05) |
| ■ どうしても | |
| レネさんという人が思い出せなくて、うなりにうなった結果、チーム名が違うことに気づきました。 レネさんってカタカナで書いたら思い出しました(笑)。 × Chunnam ○ Chun an 今の城南一和です(当時天安一和)。 | |
| にお (2005-07-13 23:33:21) |
| ■ Re | |
| どうもです。直したッス!ニポさんは長期政権だったんですね。 あ、ユーコン(油公?)て今どこなんすか? | |
| おが (2005-07-14 12:52:47) |
| ■ NO TITLE | |
| 油公→富川SK | |
| アンジョンファン (2005-07-14 21:38:19) |
| ■ RE | |
| どうもです!アンさん! | |
| おが (2005-07-18 00:53:07) |

出身:スコットランド
生年月日:1946年2月11日
選手としては、サンダーランド所属時代、1973年のFAカップ決勝戦で、
リーズ相手にゴールを決めたことで有名。
選手引退後は、ロザラム、シェフィールド、アヴァディーン、チェルシーで
チームマネージメントを務め、そしてザンビア代表、ジンバブエ代表の監督
にも就任している。
93年のザンビア代表時代は、航空事故で代表メンバーの多くが死亡した直後
であり、その再建に帆走したが、金銭トラブルに巻き込まれ、志半ばで解任
されている。
1996年1月に当時不調だったボルトン・ワンダラーズのアシスタント・
マネージャーに就任。だが5月に飲酒運転でボルトンを解任され、オマーン代表、
トリダード・トバゴの代表監督として再び英国を離れる。
2003年に韓国の釜山アイパークの監督に就任し、チームは2004年
FAカップ王者となった。











